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2014-08-05 (Tue)

【お願い】 
最近たくさんの方がこのブログを訪問してくださっています。
CL症に興味を持っていらっしゃるからだと思いますが、ブログ内の文章をそのままご自分の記事の中に使うことは避けてくださいね。






グレースがいなくなり、次の子をどこから迎え入れるかを考えていた。

自分がひとり暮らしで経済的に自立して、時間にも余裕のある生活をしているのなら、
・どこかの保護団体から
・成犬で
・なかなか家族の見つからない、精神的・肉体的ケアに時間やお金のかかる子を
選びたかった。

空想はいくらでもできるが、実際ひとりで暮らしてるわけでも、お金と時間に余裕があるわけでもない。
「保護団体から」については、理解を得ることが可能だ。
「成犬」という条件は難しい。
家族のそれぞれが、犬に求めるものが違うからだ。

家族みんなに可愛がられること。
これが、犬にとって過ごしやすい環境を作り出せる第一歩。
うちの家族の中に迎え入れるなら、「家族みんなに愛される子」が大前提にならないと、犬も人もストレスを抱えることになる。



「保護団体から」選ぶことができるというのは、考えると新鮮で、ありがたいことだ。
少し前なら、多くはショップや新聞の「差し上げます」コーナー、じゃなければ誰かが拾った子やたまたま自分で拾った、という狭い範囲でしか考えられなかった。
最近は団体あるいは個人で、少しでも殺処分される子を減らし、新しい家族を見つける役割を果たしてくれるところが多数ある。
ネットの普及がなければ、広く発信することが難しい「飼い主募集」の子達を、家にいながら知ることができるようになった。


うちの子は、どこから迎え入れようか。

ここで一番に考えたのは、「地元の子を。」だった。
地方で保護されていても札幌なら譲渡範囲内、というところがあるが、どんな生活をしてきたかわからない子を、長距離・長時間かけて連れてくるのは避けたかった。
(実際ふたを開けてみると、ろずは遠くから札幌に連れてこられていたのだが)
家族を探している子はここにたくさんいる。
自分のすぐそばに。
わざわざ遠くからわけのわからない思いをさせて連れてくる必要はないと思った。

そこで、札幌とその近郊に絞って探すことにした。

北海道には「しっぽの会」さんという、札幌に近い場所で、形も施設もある程度整った保護団体がある。
現在のような形になってからの日は長いわけではないが、現代表を中心にそれ以前から保護活動をしている方たちが立ちあげてくれ、徐々に実績もあげ、今では道内随一の・押しも押されぬ保護活動の第一人者と言って差し支えないと思う。

それ以外の団体については、正直甲乙のつけようがなかった。
何年か前まで、個人で1頭を保護し、家庭犬としてのしつけをしながらその子の家族を探すという、理想的とも言える保護活動をしてる方がいたが、ある時からブログの更新がされなくなってしまった。
他は、どこも五十歩百歩、救いたい気持ちで動いてるのはわかるが、どこかしら首をかしげたくなる部分があった。

動物が好きだというのなら、命を助けたい気持ちはその誰もが持つものだろう。
しかし、好きだから・可哀想だから際限なく助ける、好きだから何頭でも迎え入れる、だけでは先が見えてしまう。
「動物と暮らす」「その命を守る」ことは、単に愛情だけでできる問題ではない。
愛や情けといった言葉は、誰かの気持ちに訴えかけやすいものだが、半面幼稚さも感じさせるものだ。
それだけですべてが許される免罪符的な一面を持っている。
私は、命の前では愛情より責任が先立つべきだと思ってる。
大本には愛情があって然り、その周りを責任感で包み込もうとするのが大人の胆力だと思う。
可哀想だから家に連れて帰る、では、小学生となんら変わらない。

では、今、形のできているしっぽさんから迎えるのがいいのだろうか。

この何年か、愛護法の見直しから始まり、犬猫を取り巻く環境に変化が出ている。
最近の殺処分数に顕著に表れているように、保護犬を家族に選ぶ家庭が増え、行政もできるだけ無意味な処分を避けたいと思ってくれてるのだろう。
しかし、それだけで殺処分を免れた子が増えたわけではない。
北海道の場合、ここで力になったのは、やはりしっぽの会さんだろう。
頻繁にセンターに足を運んで、会で保護できる子を引き出し、残された子たちの様子を伝えてくれている。
地道で堅実な活動は、道内の保健所や他の保護団体とのパイプ役にもなってきたことと思う。
しっぽさんのやり方すべてが正しいかどうかは私には判断できないし、どんな団体でも人が集まって動く場合、問題は多々あると推測される。
それでも、ここまでやってきた。

当時、保護している子達の個々の情報を明確に出しているのは、しっぽさんだけに思えた。
個体の写真、雌雄の別、(推定)年齢、保護された場所、保護の経緯、個体の状態など、出せる情報を公開していた。
たまに、「可愛い」を前面に出している団体も目につくが、必要なのは可愛さよりもその子の状態、その子を家族に迎えられるかある程度判断できる情報だ。
なんの意味もない幼稚なお願いは、真剣に保護犬を選ぶ側から見ると、どんな活動をしているのかと胡散臭く思えてしまう。
たとえどんなにその子が可愛くても、だ。

探す側にとっては、「飼い主募集の子」達に新しい家族ができたのかどうかも、必要な情報だ。
しっぽさんのHPでは、一見してわかるようになっている。
これも、どの子がいるのか全く判別できない団体がある。
それだと本気で飼い主募集をしているのか、一生懸命活動していたとしても気持ちが通じてこない。
保護をするのに忙しくて情報を出す暇がないと言うなら、多分、身の丈に合った活動ではないのだろう。
救った命を新しい家族に渡すことが目的であろうに、本末転倒だ。

保護をしてから、ケアの必要な子には譲渡に結びつける努力をすることも、活動のひとつだろう。
「保護をした」、それだけで「保護活動をしています」ではあまりにお粗末で、「かわいそうだから拾ったけどどうしよう、誰かお願いします」と大差がない。
そこからが「保護活動」だと思う。

それから、収支決算も公開していてほしいことのひとつだ。
団体として寄付を募っている以上、そこは言われなくてもするものだと思うのだが。
その点についても、しっぽさんはしっかり見えていた。
(別にしっぽさんを特別応援してるわけではないが、他と比べるとやはり秀でているのだ。)
私自身は、少額でも寄付した以上は、そこの団体で必要な経費に充ててくれれば細かいことはいいと思ってる。
活動の中で「見えないお金」もあると考えるからだ。
それが「雑費」に含まれてもかまわない。
それでもきちんとした会計報告を出すのは当たり前とする団体さんには、信頼感を覚える。


書きだすと、細かいことがずいぶん思い浮かび、そのどの点でもしっぽの会さんから迎えるのが一番に思えた。
それでも、別の団体からローズを迎えた。


札幌の場合、迷子や野良として捕獲された子・飼い主に放棄された子たちは、動物管理センターに収容される。
そこで殺処分の日まで、飼い主が探してくれるのを待つか、新しい家族を待つ。
この途中、しっぽの会さんがかなりの頭数の引き出しをしてくれ、収容場所に犬猫があふれるのも緩和され、自然、殺処分の数も減っている。
行政側も努力はしてくれているが、それだけで今の殺処分数減少につながってはいまい。
行政と民間のボランティア団体が一緒に動いたからこそ、出た結果だと思うのだ。


愛護法改正に伴うパブコメで、単なる「管理センター」ではなく、地域に根付いた「愛護管理センター」として機能してほしい、といった旨の意見を出してきた。
保護し、必要なケアもでき、家族が見つかるまで過ごせる場所。
事務職員、現役の獣医師やAHT、正規職員を含むボランティアらが、一緒になって働く医療施設も兼ねた場所。
「かわいそうだから子供たちには見せられない場所」ではなく、小学生の授業にも取り入れられるような、そんな場所が各支庁に1ヶ所ずつでもできてほしい。
その為にはあれもこれもひとつの団体に頼るのではなく、各地で同じような団体が育ってくれればと思った。
そこで、しっぽさんを外し、地元のボランティア団体を選んだ。


活動を続けるのはどれほど大変なことだろう。
保護しておく場所。
ごはんや、必要なら医療にかかるお金。
希望される家族との話し合い。
なによりお世話をするボランティアさんの手。
ごはんに散歩に排泄の始末、掃除。
中には一日中目の離せない子もいるだろう。

頭数がいればいるだけお金も手もかかる。
愛情だけでは続けていけないだろう。
逆に言うと、続けられないということは、キャパオーバーということだ。

残念ながら、ローズを保護してくれたところも様々な問題を抱えている。
それについての質問に、一度は返事をもらえたが、その後のコメントは公開されないままだ。
最初にお願いしたことについても、前向きな返事でありながらそれっきりである。
残念で仕方がない。



今年、札幌市では「動物愛護管理のあり方検討委員会」を設置し、「動物管理センターの業務のあり方」も含め検討することとなりました。
既に第4回目まで会議は終わり(全5回)、3回までの議事録が公開されています。
こういったことってあまり表に出てこないけど、地味に進行してるんですね。

10名の委員の中には、保護活動をされている方たちの名前もあります。
「動物は命あるもの」とか「動物の命を尊ぶ精神を育む」とか、愛護や福祉を前提に意見を交わす同じ場で、ペットショップのオーナーがどう関わるのかはよくわかりませんが、
この委員会の目標が「動物及び動物を飼う人、飼わない人が心地よく暮らせる社会を目指すこと」であっても、
市が特色としてあげている「人のみならず、動物の生活の向上を目指して」、生まれてきた犬や猫達が人の道具とならず、正に人間だけに都合のいい世界に生きることを強いられぬよう、検討を重ねてほしいと思います。


















| ダイジナコト。 | COM(2) |















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